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月刊薬膳コラム
■ 程さんの月刊薬膳コラム5月号 ■
「北大路魯山人 波瀾万丈の生涯(前編)」

私がライフワークのひとつとして取り組んでいるものに、北大路魯山人(きたおおじろさんじん)の生涯の研究があります。今回と次回は、稀代の美食家であり、書、陶芸などの名人でもあった魯山人の生涯と横顔について、これまでに調べたこと、いま思うことをお話ししてみます。

前にもこのコラムで少し書いたことがありますが、北大路魯山人は、篆刻家、画家、陶芸家、書道家、漆芸家、料理家、美食家など様々な顔を持っています。最近の若い方には、美食家の元祖のように思われているかも知れません。もちろん、美食家というのは魯山人の一面でしかありません。

作家ものと呼ばれる書、篆刻、絵画、陶磁器などの作品は、その人の生い立ち、ことに幼少期の過ごし方が作品の雰囲気、作風を醸し出していると思います。個展会場に漂う独特の、あの雰囲気こそ芸術だと思います。

魯山人忌を通じて20数年間、ゆかりのある方々や著作、作品に接していると、その波瀾万丈の生涯と、出生に由来するであろう謎、すさまじい生き様に心惹かれます。今回と次回は、その生涯について。

魯山人は明治16年3月23日に京都・上賀茂神社の社家(代々特定神社の神職を世襲してきた家)に生まれました。幼少の名は房次郎。父は、房次郎が生まれる4ヶ月前に割腹自殺を遂げています。その理由は、妻が浮気をして孕んだのが房次郎だったからです。

生まれでたときから、不義密通の子であり、それにより父はいない。暗く重い房次郎の出生は、のちのすべてに大きな影を落とします。あまりに不憫と、父母から見捨てられた房次郎を引き取ったのは、服部良知という近くの巡査でした。そして琵琶湖畔の坂本の農家に養子に出しますが、ここで虐待にあい、生後9ヶ月のときには、見かねて服部巡査の夫婦が引き取ります。が、その後も、義理の姉のやすに養育をまかされるなど、転々とします。

4歳で実家に、6歳で尋常小学校(4年生)に入学するも、またしても、木版師の福田武造、フサの養子に。生まれてから6歳になるまでに5回も養子として、さまざまな家を巡ることになります。親の顔も知らず、家族の暖かさにふれることもできず、そして、明治26年小学校を卒業すると、烏丸二条の千坂和薬屋に。ここで丁稚奉公を始めますが、続かず、再び福田の家に帰り、木版業を手伝うようになります。10歳にもみたない子供が、世間の荒波に翻弄されながら、物心をつけていくのです。魯山人の孤独な人生観は、ここに根を持ちます。世間、人、親…なにも信用はできない。

が、房次郎は美を育む才能に恵まれました。明治時代、懸賞習字という催しがあり、それに応募、最高位の天位、次席に輝き、ここで高額の賞金を手にします。まだ10代の前半、筆ひとつで賞金稼ぎのような暮らしに。そして、書家を志して上京します。

私はこの生い立ちに、孤独と、その孤独を癒すための美への執着を感じます。美しいものへの限りなき憧憬…その裏側に決して忘れることのできない人間不信。魯山人の天分は、世間の厳しさが砥石となって、輝きを増していくのです。

のちに、だれもたどり着くことができなかった、幻の料亭「星ヶ岡茶寮」に至る道程は、ここから始まったのです。

長くなりますので、この続きは来月のコラムにて。



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