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月刊薬膳コラム
■ 程さんの月刊薬膳コラム7月号 ■
「お箸にまつわる興味津々のお話を」
今月は、ロイヤルホテルでのイベントを少しご紹介します。
6月から、三ヶ月に一度の割合でリーガ・ロイヤルホテルで講演会を行うことになりました。 といっても、ただ、私が話すのでは、おもしろくないので、毎回、素敵な方を講師にお迎えして、とっておきのお話をうかがうことにしました。


記念の第一回(6月4日)は、市原廣中さん。


市原廣中さん
簡単にプロフィールをご紹介します。

1921年、京都市出身。御箸司「市原平兵衛」七代目当主。昭和19年より、京都府立中学校や高等学校で教職に就き、生物学を。31年に教職を離れて、家業を継ぐことに。

「日本人と箸」「箸の美」などのコラムをはじめとして、NHKテレビ、民放など箸にまつわる番組の企画、出演で知られ、日本のお箸の研究家の第一人者です。

 今回は「箸のよもやま話」と題して、市原さんの長年の研究の成果の、ほんの一部をうかがいました。

 日本人の食生活にかかせないお箸。ところが、その起源や歴史は、ほとんど、みなさんご存じありません。でも、ここには食文化の深い知恵が眠っています。
市原さんにうかがいました

 「世界の食文化を調べてみると、人口でいくと、だいたい三分の一が手で食事をとり、さらに三分の一がフォークとナイフ。そして、残る三分の一が箸」。そんな私の話を前説に、市原さんのお箸の話が始まりました。代々天皇家に、神事にまつわるお箸を御用達してきたことから、市原さんは、箸にまつわるさまざまな起源についても、研究されてます。(以下、当日のお話のさわりを)


お箸の起源


お箸の起源
 もともと、柳の枝をふたつに折り畳んだピンセットのような形が最初。すでに古事記に茶事に使っていたという記録もあります。箸の片方の端は神のもの、口に運ぶもう片方の端は人のもの。そういう意味あいがあって、食事の時、箸には神が降りてくると信じられていました。

 一方、中国では、三千年前の殷(いん)の時代から使われていたとされます。日本古来のピンセットのような箸は、奈良の正倉院にも現物が遺っています。


箸の起源の市原説


 学者は中国から渡ったといっているが、それは奈良から平安朝にかけて、貴族が使った金属製の箸と匙が遺っているからで、必ずしもその起源を語るものではないと思います。
 人間が火を使うようになって、料理とともに発達したのではないか。手づかみでは熱いので、かたわらの木片を用いたのが最初ではないでしょうか。

 むろん、中国や朝鮮からも上等なものが入ったには違いないが、次第に金属の箸は捨てられ、柔らかい木を好むようになったと考えられます。匙も白木の杓子(しゃくし)に変わっていったわけです。
箸の起源の市原説


箸の語源


 端と端をつなぐもの。それが橋であり、また、食物を口に運ぶもの、これもまた箸。箸の語源はそのあたりではないか、と思います。


古事記の神話から


古事記の神話から
 古事記にあらわれるのは、神代の時代で、須佐之男尊が川で上流から箸が流れてくるのを見て、人が住んでいることを知り、大蛇退治の逸話に発展してゆきます。

 その神話に由来するものが、出雲の国にあるはずだと踏んで、30年ほどまえに出雲大社にお参りしました。大社の祭りには、八岐大蛇にまつわる神楽があり、それに大きな箸がでてくるのに、気づき、尋ねてみると果たして、そこには、昔ながらの箸造りの職人がいました。

 玉造温泉の先の木次から二時間ほど山に入ったところに住んでおり、その箸を「神立箸(かんだちばし)」と呼んでいることを知りました。現在の斐伊川にも「神立橋」がかかっていて、ここでも箸と橋はおなじものを意味したことが分かります。まさに、神代から、脈々と箸造りが受け継がれているのです。

 また、時代はとんで、戦国大名が活躍した時代には剣の形を模した箸が重宝されました。これは食事は戦いである、という大名茶道の影響もありますね。
古事記の神話から


箸の持つ美しさは、大きな文化です


萩の枝の箸
 中秋の名月を愛でながら、萩(はぎ)の枝の箸を使って、饅頭をいただく。月光に、萩の紫が映えて、とても美しい。これが日本人の美意識で、欧米にはない貴重な文化です。

 また、日本人の手先の器用さを育む上でも、箸は大きな役割を果たしていると思います。子供は、だいたい3歳の後半から14、15歳で知能をはじめてとするものが鍛えられます。

 その大切な時期に、二本の箸を使いこなす訓練をする。これは、成長したとき、他の民族には見られない器用さを身につける力になるのです。

 それにまた、個人が、各々の箸を持つのは、日本だけの風習。海外では見られません。日本の箸文化の大きな特徴です。


アジアのお箸


 世界広しといえども、箸を使う民族は、中国と朝鮮と日本だけで、ベトナムは中国系に入ります。が、なんといっても、日本の箸ほど美しく、使いやすいものはないといわれるのも、あながち我田引水ではありません。 アジアのお箸

 中国系と日本の箸の違いは、「はさむ」ものと「つまむ」ものの差で、日本の繊細な箸は、その両方を兼ねており、手に持っていることを意識させないのが長所です。金属や象牙の箸もないことはないが、白木の箸にとどめを刺します。


利休箸について


利休箸
 その最たるものが、吉野の赤杉の箸でしょう。はじめ、数寄屋箸と呼んでいたものを利休が改良したので、「利休箸」の名前を得たが、休むというのは、縁起が悪いといって、「利久箸」と書く場合もあります。

 利休箸の原点は、毎年一月の十五日に東大寺で行われる結解(けっけ)料理で使われたもの。箸の中央がふくらんでいるのは、稲の穂が実った様子を、取り入れたのです。箸の片方は、神様のもの。一度の食事を神様と共有するという意味あいがこめられています。豊作を神に感謝しながら、食事をいただくという気持ちのあらわれですね。 利休箸について


桃山時代から現代まで、形の変遷を追うと26種類もある


感心します
 赤杉の特徴は、見て美しいだけでなく、当たりが柔らかいのと、香りがよいことで、しかも、微妙な料理の味を損なうほど強くはない。桧の箸も清潔で気持ちがいいけれども、赤杉に比べると、香りが高すぎる嫌いがある、、、などなど、いちいち、思い当たる節があり、さすがに、利休は行き届いた選択を行ったものだと感心します。

 ついでのことに、その扱い方は、使う前に冷たい水に30分ほどつけておき、ふきんで水気を自然にとった状態で出す。客が手に取ってみてヒヤッとくるのが清潔でいいといわれたが、ぬらしておくと、汚れることも少ないからだろう。

 そして、使った後は、ぬるま湯に粗塩を入れてあらい、陰干しをする。昔は、まとめた箸を藁でくるんでおいたもので、ゴムバンドなどでしめると、その部分がへこむ。それほど、赤杉の箸は柔らかいのだから、箸屋としても、取り扱いには細心の注意を要するのです。
使う前は冷たい水に


いろいろな箸の種類、あれこれ


いろいろな箸があります
 そのほか、柳箸、都箸、ちり箸、振出箸、くろもじの箸など、材質と形の異なるものが、日本全国にちらばっており、5〜600種類を数えます。

 そばとうどんの箸も、ほんとうは、違っており、うどんは少し荒く、そばは滑らかにけずるのがいいのです。

 また、当日は、市原さんがたくさんの珍しい箸をお持ち下さいました。会場のみなさんも、はじめて眼にする箸の数々に、おどろくばかり。おかげさまで、楽しい一日となりました。

 普段は何気なく使っているお箸、実は、これは日本の食文化の大きな源になっていることを再確認するよい機会となりました。市原さん、どうもありがとうございました。
市原さん、どうもありがとうございました。

■御箸司「市原平兵衛」・京都市下京区堺町四条下ル 電話075-341-3831


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